「鼓動」2010年10月12日
カフカの友達
アイザック・B・シンガーというポーランド生まれのノーベル賞作家がいる。ユダヤ教のラビの家系に生まれ、その作品はイディッシュ語で書かれている。実は最近まで、作家の名前すら知らなかったが、たまたま翻訳を読んでぐさりとやられた。短編「カフカの友達」は、邦訳短編集にも収められているが、以下引用する語りの部分は、これとは別の飛田茂雄という方の翻訳の孫引きである。 主人公は、いまはうらぶれて、病弱の老いぼれとなった元俳優のジャック・コーン。 貧困と不遇に打ちひしがれて、時折イディッシュ語作家クラブへやってきては、昔のカフカとの交友や、若い日の思い出を語るほかに能はない。
ある日、クラブを訪れたジャックは、いつものように「わたし」に繰り言のように語り出すのだが、その中に、深い味わいのセリフが飛び出す。
「このわしを生かしているものはなにかと、きみは聞いたことがあったな。聞かれたような気がするだけかもしれんが。貧乏や病気に耐え、なによりも始末の悪い希望の喪失に耐える力を与えてくれるものは何か。なかなかいい質問だよ、きみ。・・・(中略)・・・わしらはみな運命を相手にしてチェスをしている。むこうが駒を動かす。こちらも駒を動かす。向こうは三手でわしらを詰めようとする。こちらはそれを防ごうとする。どうせわしに勝ち目のないことはわかっているが、正々堂々の戦いを挑みたい。わしの対戦相手は手ごわい天使だ。こいつはあらゆる手を用いてジャック・コーンと戦う。」
老俳優が、まるで舞台の上で語るようなセリフには、運命についての鋭い洞察力が含まれている。暫し痺れたかのように、頁にくぎ付けになった。(IK)
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