「鼓動」2010年10月13日
コオロギ
清朝最後の皇帝溥儀の生涯を描いた映画『ラストエンペラー』のラストシーン。老いた溥儀が故宮の玉座に歩み寄り、かつて皇帝として座っていた椅子の隅に手を差し入れ取り出したものは小さな容器だった。容器のふたを取ると、中から一匹のコオロギが出てくる。溥儀の生涯を象徴するコオロギを小道具として使って、うまい演出だと感心したものだ。コオロギが鳴き出した。
残暑厳しい晩夏だが、虫の声には秋の気配が感じられる。幾分かぼそく聞こえるのは、今年のこの猛暑のせいだろうか。
マクベス やってしまった・・・音がしなかったか?
夫人 梟が鳴きました。それからこおろぎも。
小津次郎訳『マクベス』第二幕第二場
武勇の誉れ高き武将マクベスは荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言によって、心の底に眠っていた野心を呼び覚ます。夫以上に野心的な夫人にもそそのかされ、忠義者だったマクベスはついに自分の城で、スコットランド王を暗殺する。英文学者小津次郎(1920-88)訳のセリフは見事だ。殺人者はもう怖気づいている。それに引き替え、妻はなお気丈なものだ。
同じ場面、劇作家の木下順二訳のセリフでは少々ニュアンスが異なる。
マクベス やったぞ、ちゃんと。・・・音がしなかったか?
夫人 聞きました、ふくろうの啼くのとこおろぎの声と。
どうだろう。小津訳の方が登場人物の性格を、書き分けていると感じるのだが。(IK)
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