「鼓動」2010年9月19日
葛桜

水羊羹と並んで人気の涼菓と言ってもよいだろう。この夏、なじみの和菓子屋さんから何度か家庭用に買い求めた。目にも涼しげ、ほのかな桜の香りもいい。
どの山のさくらの匂い桜餅 飴山 實
作者は、吉野山の桜かあるいは高遠の桜か、いずれにしろ山腹に浮かぶ桜に思いを馳せている。ひょっとすると山野を拾い歩きしながら、忽然と現れたる一本の山桜との出会いはないものかなどと、西行の末裔さながらに空想を逞しくしているのかもしれない。
男の桜餅の連想は、一篇の詩歌にさえ及ぶのだ。
が、実際のところ、桜の葉の塩漬けの産地は大方決まっていて、なかでも大半は伊豆半島南部で栽培された大島桜に行き着く。人の背丈ほどに矮化された桜から柔らかく色艶の良い青葉が集められ、これを沼津あたりの漬物屋で塩漬けにされて、ほぼ全国の桜餅屋へと届けられる次第だ。
したがって、作者の空想に遊ぶ山々と、現実の桜葉の産地とは異なる。
とはいえ、この句の馥郁たる香りはいささかも変わらない気がする。
桜餅を前にして、男は一人遠くへと遊ぶのに対し、女たちは友人たちと取りとめのない冗談を交わして笑いさざめくのだろう。
いつの世もきっと変わらぬそんな情景。(IK)