「鼓動」2010年9月21日
月の客

中秋の名月の夜、一人の男が船で中州にわたり、蘆の茂る汀にうずくまって、月明かりの川面を眺めていると、近くの蘆の葉がざわざわと揺らめく。振り返れば、そこにも一人の男がうずくまっている。男は瓢箪の酒を勧め、いつしか幼くして別れた母の思い出を語りだす。
月を眺めに出てきた二人の男は言うところの「月の客」である。
その古風で優雅な呼び名も今や用いられることは少ないとはいえ、満月に誘われて、月を愛でる気分はそうそう日本人の中から簡単には消せるものではないだろう。
明るい満月の月面を眺めていると、確かにそこにはウサギがいる。が、自分には、胡坐をかいて、腕組みをしたウサギが俯いて眠っているようにも見える。月面の中央、うなだれたウサギの顔の暗い部分がちょうど「静かの海」だ。海といっても盆地である。ラテン語で「海」と名付けたケプラーは本当に水があると信じていた。1969年、アポロ11号の月着陸船イーグルがここに軟着陸し、人類が初めて月面に立った。テレビ映像を食い入るように見つめたのはもう40年も前だ。
今年の中秋の名月は、9月22日にあたる。西日本ではサトイモを供えて、芋名月と称する地域も残っている。晴れやかな十五夜の月に映るのは、眠り込んだウサギでは似つかわしくない。
あるいはそう考えた人がいたのかもしれない。
いつしか、収穫祭にふさわしく「餅つきウサギ」として、流布されるようになったのだろう。(IK)