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「鼓動」2010年11月19日

ラヴェル

鼓動 フランスの作曲家ラヴェルの『ボレロ』は一体何度聞いたかわからないほどだ。というのは、かつて、まだ未明のうちから渓流釣りに出かける際には、車のデッキにセットするのはいつもこの曲だった。

 「ダン、ダダダ、ダン、ダダダ、ダッダッ」。169回繰り返されるリズム。楽器を変え、アレンジを変えて徐々にテンションを高めていく。 次第に高揚してゆく音楽は、釣行前の気分を一層高めてくれた。そのころは、年間で10数回渓流に出かけていた。夜明け前の高速道路を、時にはモーリス・ベジャール振付のバレエ「ボレロ」の映像を思い出しながら山へと急いだものだ。

 みすず書房から出ているジャン・エシュノーズ作『ラヴェル』という小説には、驚かされた。この小説は晩年のラヴェルを生き生きと、しかも残酷なほど冷徹に描く。

 ラヴェルは、大変なおしゃれだった。52歳でカナダとアメリカに演奏旅行に行くとき、豪華客船「フランス号」に持ち込んだ荷物を描写するくだりには、次のようにある。「例えばワイシャツ60枚、靴20足、ネクタイ75本、パジャマ25着などが入ってい、部分から全体を想像する原理にのっとれば、彼のワードロープの総体のイメージをここからつかむことができる」また、「フランスで最初にパステルカラーのワイシャツを着たのは彼だったし、ポロシャツ、パンツ、靴、靴下に至るまで、上から下まで揃えた格好をしたのも彼が最初だった」

 そんなおしゃれなラヴェルだったが、病が彼の肉体を崩壊させてゆく。失語症ともアルツハイマーともいわれる。サインができなくなり、得意だった水泳も泳げなくなり、ついには自分の曲さえも分からなくなる。脳外科医は、ラヴェルの頭蓋をのこぎりでひいて開頭手術をするが、失敗する。手術の10日後にラヴェルは亡くなっている。「遺体は黒い礼服、白いベスト、ウィングカラーのシャツに白い蝶ネクタイ、明色の手袋をはめ、遺書は残さず、映像も、録音された声も残さなかった。」(HR)

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