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博多山笠PORTERにかかわる"モノ"~博多山笠PORTER meets 久留米絣~

博多山笠PORTER meets 久留米絣

日本の伝統文化や技術を敬い、創業以来「メイド・イン・ジャパン」にこだわり続ける吉田カバン。これまで、日本古来の織物を使い"古いけれど新しい"コラボレート商品を発表してきた。そして今回、吉田カバンが約200年の歴史を誇る久留米絣と出会った。

久留米絣は、山笠の男が身にまとう法被に使われている。今回の「博多山笠PORTER」にも内側として久留米絣を使用。縞絣・玉絣・網目絣の3種類ある柄は、どれもが古くからある久留米絣の模様だ。しかし、伝統や歴史を知らない私たち若者世代から見れば、とてもモダンに見える。吉田カバンの手によって新たな可能性が引き出された久留米絣とは、一体どんなものなのなのか?


すべては、12歳の女の子の興味からはじまった。

久留米絣の歴史が動きだしたのは、江戸時代後期のこと。「井上伝」という米屋の12歳の女の子が、ところどころ色が抜けた絣の古着を見て好奇心を抱き、織柄として再現。これが久留米絣誕生の瞬間だ。当時、庶民生活の着物は紺無地か縞物しかないなか、久留米絣の玉柄・十字柄・井桁柄はかなり奇抜な着物として、注目された。その後、筑後国久留米藩から奨励を受けて大々的に売り出された。明治以降になると日本全国へ広がり、最盛期は200万反の生産数を誇ったと言われている。

久留米絣
博多山笠PORTERにかかわるヒト。コト。モノ。

すべては、12歳の女の子の興味からはじまった。

久留米絣

久留米絣

言葉で書けば、とても単純に見えるかもしれない。しかし、久留米絣になるまでには30もの製作工程を経ている。それを作っているのは、職人の手仕事によるもの。柄になる部分を糸でくくり、蓼藍(あい)で染まらないようにする。その際、織柄をイメージして糸をくくるのだから、緻密な計算が必要だ。そうして染められた糸を、柄がズレないよう丁寧に織り上げる。経験を積んだ者にしかできない、まさに「匠の技」。しかし、いくら熟練の職人でも「くくる」・「染める」・「織る」過程でどうしてもズレが起こる。このズレが「かすり」と呼ばれる理由であり、久留米絣の持ち味でもあるのだ。職人によって大切に織られた久留米絣は、使い込むことでも自然に擦れができ新しい柄が生まれる。偶然の美しさを発見できるのも久留米絣の魅力だ。


伝統に新しい風を。テキスタイルとして見る久留米絣の今

井上伝さんの時代には最新ファッションだったものが、200年の時を経て「伝統」へと変化した。「伝統をそのまま引き継ぐだけでは、いずれ廃れていってしまう」伝統工芸が避けては通れない問題が、久留米絣にも起こっていた。そこで、久留米絣のこれからを担う若者世代は、伝統の技法は守った上で、あえて久留米絣という枠組みを外し、久留米絣というテキスタイルにスポットを当てた。伝統の絣柄である縞・玉・格子は、ボーダー・ドット・チェックという風に言い替えると、今の生活にも馴染み深い柄となる。これら伝統の柄をミックスしたり、紺地に白の定番色だけではなく、色を増やしたりすることで、モダンさやポップさが生まれ、新しい久留米絣が誕生したのだ。テキスタイルのデザイン性が再発見され、新たな道を歩み出した久留米絣は今、誰でも気軽に生活に取り入れやすいシャツやワンピース、ファブリック、生活雑貨など暮らしの道具としても愛用されている。

久留米絣
博多山笠PORTERにかかわるヒト。コト。モノ。

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ハミング

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