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【櫻井孝昌のJAPAN! JAPAN! JAPAN!】第83回 モスクワ最大の日本現代文化紹介イベント「J-FEST」を私や上坂すみれが愛してやまない理由
2009年11月、バルセロナ「サロン・デル・マンガ」での行程を終え、モスクワに着いたとき、それから毎年この地を踏むことになるとは私は想像だにしなかった。

▲上坂すみれのサイン会に集まったロシアの若者たち
今年で5回目となるJ-FEST。2009年の1回目は、Japan Pop Culture Festivalという名称で、1日だけの開催だった。動員数3000名からのスタートだった。在モスクワ日本大使館の関係者と企画を進めながら、心のどこかでこの企画はロシアでどこまで受け入れてもらえるのだろうかと懸念していた。
2007年末から周り続けてきた文化外交活動は、2013年12月で25カ国のべ120都市以上の訪問数になった。講演や授業、ファッションショー……さまざまな形で現地の人たちの前に立ってきた。
だが、この2009年モスクワのときほど、いま自分がいる状況に信じられないほどに感動したという経験は他になかった気がする。ステージで泣きそうになったのは、このときが初めてだった。それだけモスクワっ子たちの日本への愛は本物だったのだ。
それはマスではなく、所詮ニッチなものでしょう?
そう、たしかにそのとおりかもしれない。でも、ゼロではないのである。氷点下の中、開場の何時間も前から並んでくれた数百人の若者たち。先頭グループは5時間も前から並んでいた。
だが、この2009年モスクワのときほど、いま自分がいる状況に信じられないほどに感動したという経験は他になかった気がする。ステージで泣きそうになったのは、このときが初めてだった。それだけモスクワっ子たちの日本への愛は本物だったのだ。
それはマスではなく、所詮ニッチなものでしょう?
そう、たしかにそのとおりかもしれない。でも、ゼロではないのである。氷点下の中、開場の何時間も前から並んでくれた数百人の若者たち。先頭グループは5時間も前から並んでいた。

▲J-FESTにはコスプレイヤーもいっぱい


終演時の私の挨拶。
「また帰ってきて!」「来年も絶対にやって!」
満場のホールに集まった観客からの日本への愛をステージでまともに受け、それをたかが3000人のことと切り捨てることができる人がいるのだろうか?
この3000人は日本の宝だ。そんな彼らの気持ちを受け止めた人間には、彼らの気持ちを守る義務があると私は感じた。私が世界を周り続けることができるのは、日本を愛してやまない彼らがいるからであり、私はそんなネットワークが明日の世界を変えていくと信じている。
そんな彼らに共通している要素がある。それは日本を決して悪く言わないことだ。彼らがいかに日本の魅力をSNSなどを通して伝えようと日々しているか、私は痛いまでにわかっている。モスクワでの約束は、私にとって、なにごとにも代えがたいあまりにも大事な約束なのだ。
「また帰ってきて!」「来年も絶対にやって!」
満場のホールに集まった観客からの日本への愛をステージでまともに受け、それをたかが3000人のことと切り捨てることができる人がいるのだろうか?
この3000人は日本の宝だ。そんな彼らの気持ちを受け止めた人間には、彼らの気持ちを守る義務があると私は感じた。私が世界を周り続けることができるのは、日本を愛してやまない彼らがいるからであり、私はそんなネットワークが明日の世界を変えていくと信じている。
そんな彼らに共通している要素がある。それは日本を決して悪く言わないことだ。彼らがいかに日本の魅力をSNSなどを通して伝えようと日々しているか、私は痛いまでにわかっている。モスクワでの約束は、私にとって、なにごとにも代えがたいあまりにも大事な約束なのだ。




▲日本から来た上坂のファンがCDをロシア人にプレゼントしていた
2012年のJ-FEST。私が観客のみなさんと約束したのは、ロシアを愛してやまない声優、上坂すみれをこの場に連れてくることだった。そして、それは上坂と出会って以来、約束してきたことでもある。上坂との約束以来、実現までに3年かかった。でも、3年かかれば何ごともできるということを二人で証明できたとも言える。

▲上坂と筆者(櫻井)のトークイベント

▲1200名の観客を前にしての上坂のライブ
私と上坂のトークイベント。その後の上坂のライブ。ライブ終演後、私も再びステージに戻ったが、上坂は感極まってステージで涙を流した。上坂のことはよくわかっているが、そうそう簡単に人前で泣くタイプではない。先に泣かれてしまい、私は泣くチャンスを逃してしまった。ロシア人の女子たちから、「泣かないで!」「頑張って!」「カワイイ!」という声援が飛び交った。それが、またさらに上坂を泣かせることになった。
上坂が4年間、上智大学で学んできたロシア語でライブのMCを語り、観客が日本語で上坂を応援する。これ以上の、ロシアと日本のコミュニケーションがあるだろうかと思えるほどの、それは感動的なシーンだった。
マスでなくても、ニッチでもかまわない。
私も上坂もロシアの観客も、日本から応援にきたファンも、このときの思いを忘れることはないし、お互いの国は特別な存在になっただろう。なぜなら、理解しようと心から思う人たちが暮らす国なのだから。
上坂が4年間、上智大学で学んできたロシア語でライブのMCを語り、観客が日本語で上坂を応援する。これ以上の、ロシアと日本のコミュニケーションがあるだろうかと思えるほどの、それは感動的なシーンだった。
マスでなくても、ニッチでもかまわない。
私も上坂もロシアの観客も、日本から応援にきたファンも、このときの思いを忘れることはないし、お互いの国は特別な存在になっただろう。なぜなら、理解しようと心から思う人たちが暮らす国なのだから。

上坂にとって愛すべき国、ロシアの訪問は2010年、大学1年生のときのモスクワでのサークル合宿以来となる。3泊4日という短い滞在。もっといろいろな場所に行きたかったろうし、たくさんのロシアの若者と語りたかったろう。でも、この3年間、ことあるごとに語り明かしてきたとおり、私も上坂も文化外交活動を止めるつもりはさらさらないし、ロシアも逃げたりしない。
次にモスクワで何ができるか。
この3年ずっとずっと考え続けてきたように、また新たな道を考えていくことになるだけのことだ。
次にモスクワで何ができるか。
この3年ずっとずっと考え続けてきたように、また新たな道を考えていくことになるだけのことだ。
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執筆者:櫻井孝昌氏プロフィール

ツイッターでも海外情報発信中 http://twitter.com/sakuraitakamasa/
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※次回は、悲願のモスクワJ-FESTを終えて次なる道へ。上坂すみれと筆者(櫻井)が次なる文化外交活動を語りあう対談を収録!
※次回は、悲願のモスクワJ-FESTを終えて次なる道へ。上坂すみれと筆者(櫻井)が次なる文化外交活動を語りあう対談を収録!