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和田彩花 "浮世絵10話" 第一話 鈴木春信「雪中相合傘」

和田彩花(アンジュルム)
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江戸の技術力

鈴木春信の「雪中相合傘」は、私が浮世絵のすごさに初めて気づいた絵なんです。2014年、江戸東京博物館で開催された「大浮世絵展」で実物に出会いました。最初は、“ちょっと気になるな”程度だったのですが、一通り展示作品を観た後、この絵のところに戻り、じっと観ていくと次から次へと発見の連続です。
  浮世絵ってすごい! 
  江戸ってすごい!

まず、傘の上に積もった雪は実際には色を使っていません。版画の凹凸で表現しています。女性の白い着物の柄も同様です。こんな細かいことをしていたんだ!もしかしたら観た人に気づかれないかもしれないことにさえこだわる江戸の職人たちの繊細さ、心意気を感じました。これが江戸の「粋」というものなんですね、きっと。ものすごい技術力だと思います。浮世絵は、高度な技術に支えられた版画なんです。

春信の「雪中相合傘」を観るまで、私はそのことを強く意識していませんでした。もったいなかったなあ。でも、気づくことができて、嬉しいです。偶然出会ったマネの絵で美術の魅力にはまった私ですが、さまざまな絵と出会いながら、江戸の技術力にまでたどりつくことができました。浮世絵は、印象派の父であるマネや、ゴッホやモネら印象派の画家たちに多大な影響を与えます。彼らが浮世絵から受けたであろう衝撃と同じようなものを、私も「雪中相合傘」から感じることができたんです。
鈴木春信「雪中相合傘」
▲鈴木春信「雪中相合傘」

江戸の人たちはオタク!?

鈴木春信は、浮世絵が錦絵とよばれる段階に入った中で登場した、最初のスーパースターです。錦絵は、木版多色摺技法と言われる技法の進歩とともに登場します。何色も色を重ねて摺られた浮世絵が錦絵です。どんな世界でも、新しいことが始まるとヒーローやヒロインが現れますよね。錦絵という、色をたくさん使った版画の舞台に燦然と登場してきたのが鈴木春信だったわけです。スーパースターの登場に、きっと当時の浮世絵ファンたちは大喜びだったのではないでしょうか。

技術が進歩しても、それを買う人がいなければ、技術もそこで止まってしまうでしょう。でも、江戸の人たちにはそんな心配ご無用。そんな技術革新を「待ってました!」とばかりに受け入れる浮世絵ファンがたくさんいたんです。錦絵の誕生のきっかけは、暦を絵で制作した絵暦をお金持ちたちが交換する会が流行したことです。もっと色がいっぱいの、きれいな絵暦がほしい!そんな江戸のお金持ちたちの欲望が、錦絵の進化を促したんです。いまでいえば、カードゲームのカードだったり、アイドルの写真をファン同士で交換する感覚に近いかも。江戸時代のみなさんも、りっぱにオタクさんだったんですね~。そんなことに気づくと、ますます江戸が身近になってきます。

私も、絵画のポストカードをコレクションしています。美術展に行ったときなどに、買います。増えてくると嬉しいし、絵の好きな人に見せて、いっしょにお話したりします。浮世絵も江戸時代はそれと同じ感覚。浮世絵という、いまでは立派に芸術として扱われている絵が、こんな遊び感覚で楽しまれていた日本って、やはりとってもおもしろいです。そして、そんな遊び感覚が、技術を進歩させ、錦絵という産業になっていったわけですよね。芸術が大衆化していく最初のきっかけだったのではないでしょうか。江戸って、やっぱりすごい時代です。

当時の日本は世界最大の芸術大国だったのではないでしょうか。そして、そのことを誰も認識せず、江戸の人たちは当たり前のように思っていた。鎖国という状況だからこそできたのかもしれません。江戸時代というと、その直前の安土・桃山時代や戦国時代、幕末にばかり印象が向かいがちですが、憂世が浮世というま逆の意味に転じて浮世絵になったように、江戸の人たちは人生を楽しんで生きようと考えたんですね。みなが浮き浮きしていないと、楽しいことにも目がいかないと思います。でも、戦国時代にそんなふうにしていたら、ばっさり斬られてしまうかも。鈴木春信が大活躍した江戸時代の明和期(1764-72)は、一般の人も絵を楽しめるほど、江戸に浮き浮き気分がまん延していたのでしょう。

着物の柄を凹凸で表現する

「雪中相合傘」の実物を見て、やはりいちばん印象に残っているのは、絵の凹凸です。傘の上に積もった雪は白色を使ったのではなく、版画の凹凸で表現したことを、実物を観て知ったのは驚きでした。着物の柄も色ではなく、凹凸で表現しています。空摺という技法だそうです。凹凸だけで表現すると繊細さもでますし、優しい感じがするので、女性の白い美しい着物にはぴったりだったのではないでしょうか。柄を描いてしまうと、この繊細な感じは出ないかもしれません。絵を描いているというより、絵を作っているように感じましたが、まさに浮世絵は版画。版画だからこそできる技術を駆使しているんです。浮世絵は分業制。絵を描く絵師、版木を彫る彫師、紙に摺る摺師。この三者のチームワークで成立します。

「雪中相合傘」はもちろん絵師、鈴木春信の作品ですが、でも春信だけでは成立しないところがすごいですよね。自分が思ったとおりにできあがるかどうか、心配にならなかったのかなあ。でも、きっととても信頼できるチームを作っていたんだと思います。鈴木春信という一人の天才が描いただけでもすごいのに、それを抜群のチームワークでさらにすごい作品に作り上げてしまう。浮世絵には、プロたちの技術が集約されているんです!春信だけでも莫大な数の作品が存在します。それだけの需要が江戸にはあったわけだし、彫師や摺師もたくさんいたからこそできたこと。当時の江戸が世界最大の芸術大国だったのではと書きましたが、間違いなさそうです。

パリで第一回印象派展が開催されるのが1874年。「雪中相合傘」が描かれるのが1767年ごろ。つまり浮世絵に大きな影響を受けまくった印象派の画家たちがパリで、美術界の保守に反旗を翻す約100年前に、東洋の島国日本では、後に彼らを驚かす錦絵がどんどん作られていたんです。紙に摺られた印刷物が、江戸の人の、さらには海を超えてフランスの芸術家たちの心をつかんだ。浮世絵が、ただの印刷物という枠を超えて、いろいろな想いを観る人に届けるからだと思います。これって、私が仏像から感じる気持ちといっしょかも。仏像って、言ってしまえば木に彫られただけのものであっても、そこには温かみが出てくるし、パワーを感じます。

浮世絵の魅力に気づくまでは、浮世絵を好きになるのは私には難しいんだろうなってさえ思ってました。でも、実物を観ると、木のぬくもりまで伝わってくるんです。実物を観ないとわかりづらいのですが、「雪中相合傘」では雪もちらちら舞っています。もしかしたら気づかれないかもしれない部分にまでこだわる気質が、きっと日本人に昔から備わっているんだと思います。

男女二人の物語を想像する

「雪中相合傘」は、他の春信の絵と比較して観ると、不思議な箇所がいろいろあります。傘の上には雪が積もっているのに、男女の足元を見ると、さほど雪が積もっているようには感じられません。背景も右側にある木以外は描かれていないので、なんだか二人が雲の上を歩いているようにさえ見えませんか?木も、男女の着物がとても繊細に描かれているのに比べると、ずいぶん描き方が大雑把です。木とわかればいいやぐらいの描き方です。

もしかしたら、この木だけを大雑把に描くことで、この絵のミステリー感を春信は出したかったのかも。木をきちんと描いてしまうと、その周囲の風景も描きこまないわけにはいかなくなります。一方、何も背景を描かないと、今度は男女のたんなる肖像画になってしまいます。観る人に二人の男女の物語をいろいろ想像してもらうために、あえて木だけ描いたのかもしれませんね。

  相合傘って江戸時代にもあったんだ!

誰しもが、この絵を観るとまずそう思うのではないでしょうか。傘は女性のものじゃないかな。傘の柄の部分が女性に寄っていますし、女性のほうが天気を気にすると思うので。もしかしたら、この女性の夢の中の情景なのかもしれません。夢のなかなら雲の上を歩いても大丈夫ですよね。もしかしたら、女性が夢のなかで好きな男性と相合傘で歩く姿を想い浮かべているのかもしれません。

江戸の人たちも、そんなふうにこの絵から、男女二人の物語をいろいろ想像したのではないでしょうか。昔、絵に興味がなかったころ私が感じていた江戸時代と、いま感じる江戸時代はまるで印象が異なります。武士でもいるのかなあ? きっと楽しくないんだろうなぁ? ぐらいに思っていましたが、どうやら江戸の街は賑やかで、みな楽しんでいます。そんな江戸時代が生んだ、浮世絵という存在に私の興味もどんどん向かっています。
和田彩花 和田彩花

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執筆者:和田彩花(アンジュルム)プロフィール 

乙女の絵画案内ルックスとスタイルを生かし、雑誌の表紙、グラビアなども多数。美術が好きで、西洋画を見るのが好き。好きな画家は、レンブラントとエドゥアール・マネ。大学では美術史を専門に学んでいる。また、最近では日本の仏像・絵画にもハマり、朱印帳を買って寺院の朱印集めなども行っている。「絵画」について語る連載、著書「乙女の絵画案内」の発売など、美術方面の活動も徐々に広げているSATOYAMA movementより誕生した鞘師里保(モーニング娘。)との音楽ユニット『ピーベリー』としても活動。

著書「乙女の絵画案内」
http://shuchi.php.co.jp/article/1846
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