「鼓動」2010年4月14日
チェレンコフ光

それは、主人公の友人の佐々井が、グラスの透明な水を眺めているシーンだ。
「何を見ている?」
「ひょっとしてチェレンコフ光が見えないかと思って。」
「何?」
「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる微粒子がこの水の原子核とうまく衝突すると光が出る。」
岐阜県神岡鉱山の地下深く完成したばかりの「スーパーカミオカンデ」の空洞に、ドビュッシーの「沈める寺」が響いたのは1994年のことだ。
5万トンの超純水を蓄えたタンクに、宇宙からの素粒子ニュートリノが入り、水の中の電子に衝突すると、青白く光るチェレンコフ光が検出される。スーパーカミオカンデはニュートリノの観測のために作られた。
後にノーベル賞を受賞する小柴昌俊は、その完成を祝って地下千メートルでの演奏会を思いつく。
小柴は、20年来の知り合いだったピアニストの遠山慶子に持ちかけた。
「弾いてくれないか。出演料は出ないんだけど」
「面白いわ」
遠山は快諾した。
解体されたピアノが岩肌むき出しの空洞に運ばれた。ケルトの伝承に着想を得た「沈める寺」。海底から浮かび上がる大聖堂の一瞬の光芒を描いた作品だ。
厳粛で幻想的な響きが海底ならぬ地底に響いたのだろう。あたかも青白く瞬くチェレンコフ光のように。(IK)