「鼓動」2010年4月22日
ベトナム系新進作家ナム・リー

メルボルン大学を卒業して法律事務所勤務を経て渡米。アイオワで作家修業し、2008年に短編集『ボート』を上梓している。
2010年新潮社から出た同短編集の邦訳を読んだ。本の帯には「生後3カ月でベトナム難民となった著者による英米豪で話題沸騰のデビュー短編集」とあった。
表題作「ボート」は、ベトナムから難民ボートに一人乗りこんだ少女の極限の12日間が描かれている。が、作品として瞠目すべきは、集中最初の「愛と名誉と憐れみと誇りと同情と犠牲」である。
アメリカで作家修業中のベトナム系二世の青年のもとに訪れた父。父は少年の頃、虐殺事件をくぐり抜け、サイゴン陥落後も苦難の日々を過ごした経験を持つ。
今まで多くを語らなかった父と向き合い、家族の歴史を聞く息子。息子はその話をもとに徹夜で原稿を書くのだが、翌朝それを読んだ父は、火にくべて灰にする。家族史を作品にしようとする息子に対し、「お前には書けることじゃない」という父の頑なな反応が返ってくる。
移民世代の作家にありがちな出自を題材とした路線を拒絶する決意にも思える。書きあぐねながらも、野心を抱き、実験に挑む新進作家の若々しく力のこもった作品だ。(IK)