「鼓動」2010年5月14日
松林図屏風

予想通りの多くの人出で、しかもあまり時間に余裕がなかったので、代表作『松林図屏風』を中心に幾点かに絞って観て回った。
六曲一双の画面は、煙るような霧に包まれた松林が描いてある。墨の濃淡によって遠く近くたたずむ松の群れ。近くの松は思いのほか粗く大胆な筆法で描き上げてある。奥行きのある絵だ。見入るものはたちどころに、松林の中に立ち入ることになる。霧はさらに林の奥へと誘うかのようだ。
惹きつけるのは、描かれている枝ぶりの良い松たちではない。むしろ墨で描かれていない余白の世界、朦朧とした霧の世界である。さすらうかのように踏み込んだ霧の中を進めば、何があるというのだろう。ひっそりと静かに明るい、しかもかすかに甘美な気配すら秘めている世界がどこまでも広がっている気がした。
長谷川等伯50歳代のこの作品は、日本美術史上屈指の傑作だといわれる。安らかで自由な悟りにも似た境地を描き、観る者に深々とした味わいを堪能させてくれる。
特別展は、東京の後4月から京都でも開催された。(IK)