「鼓動」2010年5月22日
能古島の甘夏

夏になると、我が家でも八百屋に並ぶ能古産の安い甘夏を買い求めて蜂蜜漬けにする。一晩冷蔵庫で冷やした甘夏の蜂蜜漬けは酸味を和らげ、甘く爽やかな味がする。
「最後の無頼派」と呼ばれ、小説『火宅の人』を書いた小説家檀一雄は、最晩年をここで過ごしている。帰巣本能などないような作家だが、風光明媚なのんびりとしたこの島をよほど気に入ったのだろう。今はその旧宅跡にご子息の太郎さんが住まわれている。
檀が亡くなったのは、1976年1月だが、彼を偲ぶ「花逢忌(かおうき)」は、毎年5月開催されている。ちょうどその時分は、島の北側の斜面には甘夏の黄色い実がたわわに実っていまや収穫を待つばかりの頃だ。
能古島といえば、われわれの世代には「能古島の片想い」が懐かしい。いわずと知れた井上陽水の歌である。1970年代の井上陽水の人気はすごかった。それまでのフォークソングよりもはるかに鮮烈な印象だった。特に、1973年12月リリースの『氷の世界』は、圧倒的な人気を博し、彼をスターダムにのし上げた。
「能古島の片想い」は、たしかそれ以前の曲だったが、『氷の世界』の影響で、ヒットしたように記憶している。まして、地元福岡の人間にとっては、ご当地の名前の入ったタイトルの陽水の歌は、親近感倍増だった。
能古島の「甘夏」が、いつの間にか「片想い」になってしまった。けれど、ともに甘くそして酸っぱい。(IK)