「鼓動」2010年6月13日
インド夜想曲

三部十二章からなるこの作品は、ボンベイ、マドラス、ゴアの三つの都市を、イタリア人の主人公が巡り歩く体裁をとっている。
失踪した友人を探してのインド各地を旅する主人公の「僕」の前に現れるのは、幻想と瞑想に充ちた世界だ。
「ホテルとは名ばかりのスラム街の宿、汗のすえたにおいで息の詰まりそうな病院、幽霊のように痩せた宣教師・・・」
マドラスへの途上、夜中のバスの待合室で主人公は、美しい目の少年に出会う。少年に背負われた醜い猿の容貌をした生き物は少年の兄だという。彼はカルマ(業)を語る占い師だった。
主人公は、カルマを占ってもらおうとするが、占い師は「あなたはもうひとりの人だから、だめだ」とささやく。
ならば、「僕のアトマン(魂)がどこにあるのかあててほしい」とさらに頼むと、少年は兄の言葉を伝える。
「あなたは船のうえにいると言っています」
失踪した友人探しというサスペンスと、眩惑的な詩的世界は、読者を翻弄しながらも捉えて離さない。読者はわけがわからないうちに罠にはまってゆく。物語はいつしか主人公が探している友人の名前すらもあいまいになってゆく。いったい誰を探しているというのか。
夜の闇に浮かび上がるインドの深層。
その深層の断片を垣間見せ、効果的な情景描写とすることによって、物語は独特の香りを漂わせている。(IK)