「鼓動」2010年6月15日
インターネットで番組を見る(2)

それでも、おもわずなんだろうっておもって見てしまう。タイトルの悪ノリにつきあって、しまったと後悔することもあるが、なぜか、惹き付けられてしまう。これぞ、最近流行の「ダダ漏れ」と呼ばれるインターネットライブである。
あなたも今日から放送局ではないが、数千円のWebカメラとマイク、パソコンさえあれば、USTREAMなどを通じて、全世界に映像を流すことが可能だ。
会議を中継したもの、車載カメラから映したもの、街の風景を映したものなど、コンテンツはさまざまであるが、すべてに共通しているのは、「今(NOW)」ということである。
ユーザーも過去を見たいのではなく、今を見たい。言い方は悪いが、使い捨て映像である。そのため、今を起点に古いものは無くなり、新しいものは、次から次へと生まれてくる。結果、映像が蓄積型から消費型へと変化している。
「fukuoka」と入力して検索、そこには福岡の今が映っている。(K)