「鼓動」2010年7月2日
メロトロンという楽器

この楽器の構造は何十台ものテープレコーダが合体した様なもの。形は学校の教室にあった小さなオルガン風で、内部にはストリングス隊やコーラス隊が半音程ごとに一回一回生演奏して録音したテープ群が再生ヘッド、モーターとセットで鍵盤の数だけビッシリ配置されている。黒鍵白鍵はプレイスイッチの役割を果たし押さえれば対応する音程が再生され、テープが回りきればその音は途切れる。
今ならデジタル技術を使って生音を高音質で簡単に再現できるが、当時は少人数のバンドで大編成オーケストラのアンサンブル音が出せると謳った夢の楽器だった。このせいで仕事が奪われてはたまらないとバイオリン奏者などの組合がストを起こした程だ。
実際に演奏すると、テープ独特のこもった再生音同士が微妙に揺れつつ和音を奏で、実在のオーケストラとは別物の不思議なサウンドが生まれる。このような構造故か音程が不安定で故障も多く、メンテナンスが大変で機材担当者泣かせの代物だった。
既に生産は終了しているが、個性的な音は今も認知されていて、似た音色が最近の楽曲でもよく聞かれる。市販されているキーボードの音色メニューの中にもメロトロン的な音が結構採用されている。中にはメロトロン実物の音を一音ずつサンプリングした本格的な
デジタルキーボードもある。
このように開発者が狙ったのとは違う意味合で、メロトロンは多くの人に今も愛好されている。私にとっては、暗く深遠なその音色がヨーロッパのどんより曇った空や荒涼とした大地を想起させる。(F)