「鼓動」2010年10月8日
『過去のない男』

「長旅でしょう? サンド作ったわ」
出所はアキ・カウリスマキ監督の『過去のない男』。映画の後半、記憶を取り戻した男は妻のもとに向かおうとする。女は「行かないで」とも言わずに、さりげなくサンドイッチを手渡すシーンである。
飯島さんには、心に響いた言葉だった。映画のそのシーンを思い出しながら、サンドイッチの代わりに、自分なりに作った「のり巻」の写真が『シネマ食堂』の頁を飾っている。
映画は、ヘルシンキに流れ着いた一人の男が、暴漢に襲われ記憶をなくしてしまう。
病院から抜け出した男は、行き倒れになるところを親切な夫婦に助けられ、コンテナで生活を始める。やがて救世軍で働くイルマと出会い、二人は、不器用な恋に落ちる。
殺風景な美術。俳優たちの無表情な演技。おまけにカルトっぽさを漂わせる音楽。
何ともとぼけたユーモアに満ちた不思議な映画である。
小津安二郎監督を敬愛し、大の日本贔屓のフィンランド人アキ・カウリスマキ監督の作る映画は、一風変わった作風だが、マニアックなファンにはタマラナイほど素敵な映画かもしれない。
ちなみに、映画の主人公の男性俳優は、ヘルシンキを舞台とする、荻山直子の『カモメ食堂』にも登場している。(HR)