「鼓動」2010年10月24日
たとえば君

たとえば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか
熊本県出身の河野裕子さんの歌だ。登場するのは若い二人。ともに学生かもしれない。
二人の男女は、落葉樹林の明るい公園を歩いている。男子はときどきガサッと音を立てて落ち葉をすくう。そんな様子を見ながら。たとえば、そのようにと女子は思ったりする。
澄み切った大気の中で、ガサッという表現は、乾いた質感をとらえて小気味よい。
河野裕子さんが亡くなったのは、今年8月である。64歳だった。
女性歌人のトップランナーとして、華々しい活躍をされたが、乳がんが再発して闘病の末の逝去だった。若い晩年だった。河野さんの歌は、大岡信さんの「折々のうた」にも何回も登場している。
天衣無縫、そのしなやかなでのびやかな感性のうたは多くのひとに共感を与えていた。
夫の最先端科学の研究者である永田和宏さんも歌人であり、子らもまた新進の歌人となった。
上の歌は、最初の歌集『森のやうに獣のやうに』(1972)所収の恋の歌である。
初めてその歌に触れたとき、女性からの「君」という表現に新しさと同時にまぶしさを感じた。
そして、そう言わしめた「君」に対してかすかにジェラシーを覚えたのを思い出す。(IK)