「鼓動」2010年2月13日
サイン

若い職人たちが魔法のように再生するピアノの数々。T.E.カーハート著『パリ左岸のピアノ工房』には、古今東西のピアノに関するエピソードが魅力的に綴られている。
そのなかのひとつとして、ピアノの内部にひそかに残された調律師や職人によるサインのエピソードがある。それは職人のための一種の記録のようなものだ。
ニューヨークのスタインウェイ工場を訪れた作者は、新しいピアノの隠された場所に従業員がサインすることがあるのかを訊ねると、工場のガイドは、古くから非公式な伝統として残っていると答え、次の話をしてくれた。
ある日、整音の見習工がスタインウェイの工場に出てくると、普段はめったに感情をあらわにしない職工長が涙を流していた。職工長は再調整するため工場に送られてきた古いスタインウェイ・グランドの解体したアクションの前に立っていた。
「どうしたんですか」と見習工は訊いた。ピアノからアクションの部分を取り外すと、その内側に別のスタインウェイの職人の名前が見つかったのだ。それは彼の今は亡き父親のサインだった。
作者は、思いもかけないピアノの職人の世界を愛情あふれる筆致で描き出す。(Ik)
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