「鼓動」2010年6月11日
ラテュイユ親父の店

東京丸の内にこのほど開館した「三菱一号館美術館」は、かつての三菱一号館を復元したレンガ造りの洒落た建築物だが、その開館記念展「マネとモダンパリ」が現在開催中である。
『ラテュイユ親父の店』(1879)は、マネの生きた時代のモダンパリを象徴するもので、展示作品の中でも目玉と言えよう。一枚のスナップショットのような絵。明るく都会的感覚にあふれ、観るものをたやすく引き込んでしまう。
男が女性を口説いている図である。場所は、パリの人気レストランの中庭のテーブル。若い男の右手は、テーブルに置かれたシャンパングラスを持ち、左手は女性の座る椅子の背に大きく回している。口ひげを生やした美男子の伊達男は、取り澄ました雰囲気のエレガントな女性の目を覗き込むようにじっと見つめている。
かたや、女性の方は男の強い視線をそらすかのように、気のないそぶりを装っている。少し離れて右奥には豊かな頬ひげのギャルソンが立ち、コーヒーを注ぐタイミングを計るかのように二人の様子を見ている。
マネは当時の風俗を大胆に写し取り、過激とも破廉恥とも評された絵を次から次に描いた。アカデミックな伝統を脱し、われわれにとって時代のリアリティこそ重要だといわんばかりの絵は、若者をとりこにする。
大都会パリに生きる若い画家たちは、マネを慕い、師と仰ぎ、マネのもとに集うようになってゆく。マネが印象派の指導者の役割を果たした由縁である。
とにもかくにも『ラテュイユ親父の店』はいい絵である。生き生きと描かれた恋の駆け引き。眺めるだけで楽しくなる。(IK)