「鼓動」2010年8月17日
美しき憤怒の表情

仏像の細かなディテールもいまやインターネットで確かめことができるようになったのも若い世代の関心を呼び起こしているとも思える。
3年ほど前に、東大寺・戒壇院に立ち寄った。
その戒壇堂には天平彫刻の白眉とされる国宝の四天王が安置されている。
四天王の魅力に取り付かれた人物の一人として写真家の入江泰吉の名前が挙げられる。入江の最高傑作といわれるのが、ここ戒壇堂の広目天立像だ。右手に筆、左手に巻子(巻物)を握って憤怒の表情で立ち、邪鬼を踏みつけている。身に着けている甲冑は中央アジアのものらしい。
憤怒の表情に魂を奪われながら、入江はその強い意力に満ちた広目天の貌を写し取った。
それにしても堂内の不十分な採光では、表情の微細な点までは到底わからないのは残念だ。本末転倒な話だが、入江の写真を思い出しながら実物を観察するといった仕儀だった。
とはいえ、広目天の憤怒の美しさよ。眉を寄せ眼光鋭い表情には人の心をわしづかみにする美しさがある。考えてみれば喜怒哀楽の中で、怒りは最も純粋な感情なのかもしれない。その表情を見て、身震いするほどの怖れを感じながらも、他方で限りなく純粋な感情の表出を見ることができる。広目天の憤怒の表情が人を惹きつけるのは、そうした秘密が隠されているのだろう。
仏像の憤怒の相に、人はまごうかたなきリアルを感じているのだ。(IK)