「鼓動」2010年9月16日
高島野十郎の「睡蓮」

水面に浮かぶ淡黄色の睡蓮の群落は見る者の心を癒してくれる。
睡蓮といえば、有名なのはモネの絵であろうが、福岡県出身の高島野十郎(たかしまやじゅうろう 1890‐1975)という画家の最晩年の作品に『睡蓮』という美しい作品がある。
高島野十郎は、明治23年に久留米の裕福な酒造家に生まれ、東大で水産を学び首席で卒業しているが、周囲の期待に反して絵画の道を歩みはじめている。
深い孤独癖と強じんな自我ゆえに、団体に属さず独自の道を進むが個展のほかには展覧会に出品することはなく、生前世間に広く知られることはなかった。
晩年は千葉県の柏市に住み、昭和50年にひっそりとなくなっている。
とはいえ、必ずしも人間嫌いだったわけではなさそうで、画壇以外の友人や知人たちとの交際はあって、その誠実な人柄ゆえに多くの人に愛された。
写真家・片山摂三が撮影した写真には、柔和でダンディな野十郎が写っている。
絶筆ともいわれる『睡蓮』(福岡県立美術館所蔵)は、ほぼ50センチ四方のカンバスに、夕暮れの沼に咲く睡蓮を写したっとものだ。
夕映えにほんのりと赤く染まった睡蓮の美しさは、この世の喧騒から遠く離れ、細密に描かれた独特の質感で、不思議な寂静の世界を描いている。
高島野十郎が世間に知られるようになったのは、亡くなってからだ。
福岡県立美術館の西本学芸員(当時)らの調査研究と企画展示によって、孤高の画家・高島野十郎の評価と人気はがぜん高まったといえる。(IK)