「鼓動」2010年11月5日
蘆刈人

柔らかなタッチの味のある風景作品だったが、使われる蘆ペンは、毎年、福岡市を流れる室見川の河川敷で採集するとのことだった。蘆刈とまではいかなくても、蘆の叢に分け入って、ペンにふさわしい材料の蘆を吟味しながら集めるそうだ。
晩秋、各地の蘆の産地では蘆を刈り始める。 遠い昔から続く蘆刈の作業。
千年前に書かれた『大和物語』に蘆刈人の話が出てくる。昔「津の国の難波(なにわ)」と呼ばれた蘆の産地が舞台である。
仲の良い夫婦が暮らしが立ち行かなくなり別れ別れになる。歳月がたち、都の貴人の妻になった女が、昔住んだ難波へ男を探しに行き、今は蘆刈人となっている男を見つける。
ところが、男は、落ちぶれたわが身を恥じて歌一首を残して姿を隠してしまう。
この古い物語に心を置いて、小説家室生犀星は「津の国人(くにびと)」という作品を書いたのかもしれない(『犀星王朝小品集』所収)。
津の国にて極貧の生活を送る夫婦。男はようやく都に宮仕えが決まり妻を残して京に上る。妻の筒井は男の生活が安定するまで、地方の官人の家に侍女勤めをする。
四年の歳月が経つが、男からの便りはなく、心を砕いて待つ筒井の気苦労もむなしい。久しく乞われて、主人の家の息子との祝言を決心する筒井。そこへ男がふいに現れる。が、お互いの身の上を知り、それぞれ歌を交わして別れてゆく。
芥川龍之介の時代考証に則った知的な近代心理劇とは全く質の違う犀星の王朝もの。
犀星は、歴史的風俗の考証など構わずに、ひたすら王朝風の夢の国を描いている。(IK)