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「鼓動」2010年11月22日

ピアノレッスン

鼓動 今年のショパンコンクールはロシア勢の当たり年だった。上位3位の入賞者に、いずれもロシア勢が入った。才能ある若者たちにとって未来は始まったばかりだ。

 ロシア系フランス人作家アンドレイ・マキーヌの『ある人生の音楽』の時代背景は、密告に怯えたスターリン時代のソ連である。モスクワでのピアニスト・デビューを二日後に控えた青年ピアニストアレクセイは、留守中密告によって両親が逮捕され、自らも危険が迫り身を潜める。ドイツとの戦争に死んだ兵士になりまし前線で戦う彼は何度も負傷するのだが、命を救った将軍の車の運転手となり、戦後も引き続き将軍の運転手として働く。

 将軍にはステラという娘がいて、拙い手つきでラフマニノフの『エレジー』を練習している。しかし、彼には教えることもできない。何も知らない娘はアレクセイを横に座らせ譜めくりをさせる。楽譜を読めないふりをするアレクセイは、ステラの顎の動きに応じて譜面をめくる。気まぐれなステラはあろうことか、かれにピアノを教えることを思いつく。曲は『小さな鉛の兵隊』。アレクセイは不器用で才能のない生徒ぶりを発揮するという奇妙なレッスンは続き、ステラは、『鳩のワルツ』という小品も教え込んだ。

 アレクセイとの恋のまねごとから覚めたステラは他の男と結婚することになる。結婚式でアレクセイは『小さな鉛の兵隊』を発表する羽目になる。すべすべしたニッケルのペダルをのせ、たどたどしさと生真面目で弾き終えると、万雷の拍手が彼を包んだ。ピアノ教師であるステラは恭しくお辞儀をする。

 彼は幻に終わったモスクワ・デビューに思いを馳せる。ステージに皓々と光るライト。観衆のざわめき。永遠に奪われた彼の初めてのコンサート。

 ざわめきの中、ステラは両手を挙げて叫ぶ。「今度はプログラムのハイライト、『鳩のワルツ』です!」。アレクセイは、再び鍵盤に向きなおり、膝に両手を置き、背中をぴんと伸ばして座る。ステラは招待客にウィンクしながら、囁いた。「さあ、はじめて!最初は右手の親指でドの音よ・・・」

 彼は弾き始めた。だが、それは『鳩のワルツ』ではなかった。
 最初のうち、聴衆は美しいハーモニーは偶然の産物と思いこもうとした。しかし、一秒後には音楽が波のように押し寄せ、疑いも話し声も物音も力強さによって運び去られ、浮かれ顔も、交わされていた視線も消し去ってしまう。
 彼は演奏しているという気がしなかった。もう何の苦痛もなかった。これから起こるだろうことへの怖れも。不安も、そして悔恨も。

 陰鬱な時代に、他人になりすまして生きてゆくことを余儀なくされたピアニストの物語。立ち昇る静かな詩情とともに音楽的な文章が味わい深い。(IK)

鼓動 鼓動 鼓動

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