「鼓動」2010年12月6日
至福の料理

ノルウェーの寒村に一人の女が流れてきて、禁欲的な宗派の宗主の娘たちの家にたどり着く。女の名前はバベットといった。バベットは、かつてこの村を訪れたオペラ歌手パパンの手紙を携えていた。手紙にはバベットは一流の料理人であったが、パリコミューンのために夫や子どもをなくしている。亡命のためバベットをかくまって欲しいとの依頼が書き込まれていた。
バベットは二人の家に女中として住みこむ。幾年か経ち、あるときバベットが買っていた富くじが当たる。彼女はこれまでのお礼に、宗主の生誕記念祭に料理を作りたいと申し出る。食材の買い出しから帰った彼女のもとには、生きたウミガメやウズラなど、村の誰一人として見たこともない品々が届けられ、老人たちを驚かす。
記念祭のその日はあいにく雪が降っていたが、祝宴には村人ともに、昔、青年将校としてこの村を訪れた将軍も叔母とともにやってきた。バベットの作る豪華な料理が次から次へとテーブルに運ばれる。その見事な料理に驚く将軍。それは、かつて、パリの一流レストランでしか味わったことのない芸術的ともいえる料理だった。その店には、当代きっての天才女性料理人がいたはずだが・・・。食材を見て驚いた村人たちは、決して料理のことは口にするまいと互いに約束していたのだが、次第にその決意も溶けてゆき、この世のものならぬ美味ゆえに満面に喜びの表情を浮かべる。芸術の料理がもたらした至福感が、雪の夜の晩餐会を満たしてゆく。
宴が終わる頃、雪は上がっていた。村人たちは井戸を囲み空を見上げる。これまでいがみ合って暮してきた老人たちは、いまや晴れやかな気分に包まれ、ともに輪になって神への祈りを捧げる。夜空には、満天の星が輝いていた。(HR)