「鼓動」2010年12月20日
雪

財団法人福岡アジア都市研究所の主任研究員唐 寅(とういん)さんは、上海出身である。10代の学生時代、川端康成の『雪国』の翻訳を読んで感動した、という話を以前お聞きしたことがある。「これは素晴らしい日本文学だ」。『雪国』で感動した唐寅さんの日本への関心は、急速に高まっていった。 来日後、1994年に九州大学で博士号を取得されている。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。夜の底が白くなった。」という書き出しで始まる小説『雪国』。雪国の温泉町を舞台に、無為徒食の島村と芸者駒子を主人公とし、これに少女葉子も加わって、それぞれの微妙な心の動きを追って、繊細な哀れの美しさを描いている。こう書いてしまえば、多少わかったふりはできても、本当のところは、よくわかっていない。隠喩が多用されるこの小説は、読み解くのに決して易しくはない。登場人物の心理も行動も謎のように隠されている。作者はそれをほのめかしながら、あいまいな形で物語は展開する。読後なんとも宙ぶらりんな印象をぬぐいきれず、二度読んで、結局歯が立たないとあきらめてしまった。
そんな印象を持っていただけに、唐寅さんの『雪国』との出会いに驚き、そこに人の世の悲しさと美しさを感じ取った中国人の一人の学生に、恐れ入ってしまった。
映画(豊田四郎監督 1957年)では、島村役は池部良が、駒子は岸恵子だった。モノクロームの雪国の世界。とりわけ、雪原での子どもたちの鳥追い祭のシーンは、幻想的で美しかった。駒子が宿の窓辺にて、降る雪の景色をのぞいたシーンがあったような気がするが、どうだったろう。
雪ふるといひしばかりの人しづか 室生犀星
犀星の句に、駒子の「雪が降っているわ」というひとりごちを聞くような気がする。(HR)