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[Kobori のバンコクレポート] 【海外取材こぼれ話】英語解せぬアルゼンチン人旅行者と珍道中
最後まで不思議な高揚感があったアルゼンチン人カルロスとの鉄道の旅
海外に居住し取材活動を行っていると、行く先々で予想だにしない光景に出くわすことがある。先月中旬、タイの首都バンコクから隣国マレーシアに鉄路にて取材に向かった際にも同様の体験をした。国境の駅で遭遇したその外国人。なんと、当たり前の英単語すら解せないというのに、地球の真裏から単身やって来たというのだ。でも、どうやって?

▲パダン・ブサール駅の駅舎。
マレーシア国境にあるマレー鉄道パダン・ブサール駅。タイ南部の最大都市ハジャイから約1時間20分。取り立てて観光する場所もない辺境の田舎町に、不釣り合いなイミグレーション駅はある。乗客は高さの違うホームに補助階段を使って降り立つと、そのまま前方右手にある出国窓口に通される。そこでスタンプを押されると、今度はぐるりと反時計回りに通路を辿ってマレーシア側入国窓口へ。何てことはない簡単な手続で、無事、越境することができる。

▲パダン・ブサール駅タイ側出国窓口
乗車してきたバタワース行き特急列車はすでに発車してしまったらしく、跡形もない。仕方なく2階に上がり、チケット売り場でバタワースまでの乗車券を購入すると、「発車は1時間半後よ」と、ヒジャブ(ムスリム女性が顔などを覆う布)をまとった美人の駅員がウインクしてくれた。(バンコク駅ではパダン・ブサールまでの切符しか購入できなかった)

▲パダン・ブサール駅前。店一軒すらない。
繰り返しになるが、駅前の商店街はおろか見所となるスポットさえも何にもない、なーんてことのない田舎町。時間をつぶすには2階にある待合席に座って待つほかはなく、他の乗客と同じようにすっかりと時間を持て余していた。いよいよ船をこぎ始めようかという時、彼が声を掛けてきた。
「ヘイ!セニョール…×▽□??」
はっきりと聞き取れたのが、「セニョール」という単語だけ。他は、何を言っているのか全く分からない。「スペイン人か?」と思って、「どこから来たんだ?」と英語で返したが、彼はただ笑うだけ。理解している様子もない。そこで、「君の名前は何と言うの?」と再び語りかけてみたが、これにも笑顔しか返って来なかった。

▲2階待合室。偶然にもカルロスが写っていた。
「ヨーロッパ人が英単語のnameさえも知らないはずがない」。そう思って、「君は何歳か?」「仕事は何だ?」などと、いろいろと語りかけてみたが、いずれも同じだった。どうやら、本当に英語が全く解せないらしい。そこで思いついたのが、「パスポートあるか?」という問いかけだった。
さすがに「パスポート」だけは通じた。そして、彼が差し出した紺色の冊子を見て2度びっくり。そこに書かれていたのは「REPUBLICA ARGENTINA」という黄金の文字。「アルゼンチン!」。心当たりが誰かいないか考えてみたが、思い浮かんだのは「母を訪ねて三千里」の少年マルコだけだった。
パダン・ブサールの待合室で知り合ったばかりの日本の大学生と思わず顔を見合わせた。「この語学力で、地球の裏側から良く来られたものだ!」。はっきりと言葉は交わさなかったが、思いは同じだった。一方で、俄然、興味が沸いてきた。「どうやって、コミュニケーションを取るのだろう」と。

▲出発は午前10時半。その日のうちにシンガポールまで到着はできない。
彼が差し出した地図の書き込みから、どうやら鉄路にてシンガポールを目指していることが分かった。チャンギ国際空港からの出発便を予約しているのか、しきりと今日の日付を指す。だが、現地時間はもう午前10時を回っている。ここからシンガポールまでは800キロ以上はある。順調に鉄道で移動しても到着が明朝になるのは確実だった。
それでも変わらぬ笑顔の彼。南米特有の陽気さなのか、「No,No!」と身振り手振りの我々にも一切気にせず、しきりと握手を求めてきた。「仕方ない。(途中の)バタワーズまで一緒に行ってあげるか」。こうして、得体の知れぬアルゼンチン人との珍道中が始まった。

▲このホームでバタワーズ行きを待った。
パスポートから名を「カルロス」ということが分かった。そう言えば、筆者にも日本人だが同じ名を名乗る不思議な友人がいる。「カルロスは、国は違えど、不可解なり(字余り)」。そんな名句(?)を思い浮かべながら旅は続いた。
バタワース行きの快速列車は4両編成。最後尾の車両に我々は陣取った。直ぐ隣には、10人ほどの若い女性ばかりのグループ。タイ人?中国人?そう思っているところへ、小型のカメラを手にしたカルロスが早くも声を掛けた。
笑顔を振りまきながら、しきりと言葉をかけるカルロス。だが、当然のように、会話は全く成立しない。女の子たちも戸惑った様子で我々に助けを求めていたが、旅の開放感からか間もなく身振り手振りでコミュニケーションを取るようになった。
女の子たちはベトナム・ホーチミンのOL仲間。休暇を取っての鉄道旅行だった。行き先は、カルロスと同じシンガポールのチャンギ空港。ただ、それをカルロスに伝えることだけは躊躇った。若干の自制心が働いた。

▲ベトナム人もお洒落だ。
そうした事情も知らずに、女の子と一緒にカメラに収めてくれと笑顔でせがむカルロス。この次は、写真を送るからメールアドレスを教えろと言うに違いない。察しを付けてそう思ったが、一方ではその逞しさには敬服するばかりだった。さすがに地球の裏側から来ただけのことはある。

▲車内でベトナム人の女性グループと意気投合のカルロス。
4時間ほどしてバタワーズへ。クアラルンプール行きの乗換駅だが、構内の寂れた様子に変わりはなく乗客もまばら。ペナン島を目指す我々とはここでいよいよお別れだ。カルロスはどうするのか。心配になって、駅窓口まで連れて行き、クアラルンプールまでの乗車券を買い求めた。「この切符を持って行けよ。何とかなるから」
この期に及び状況を察したようだ。両手で強く握手をし、抱擁を求めてくるカルロス。背丈は1メートル80センチはあろうかという大男。固く抱き合った後、「ありがとう。またな!」。きっとそう言って、ホームへと消えていった。

▲「ありがとう。またな!」。そう言ってカルロスはクアラルンプールに向かった。
思えば6時間にも満たないアルゼンチン人カルロスとの鉄道の旅。国籍と名前だけしか知ることができなかったが、最後まで不思議な高揚感があった。地球の真裏から来た男。今度は、火星あたりで会ってみたいものだ。

マレーシア国境にあるマレー鉄道パダン・ブサール駅。タイ南部の最大都市ハジャイから約1時間20分。取り立てて観光する場所もない辺境の田舎町に、不釣り合いなイミグレーション駅はある。乗客は高さの違うホームに補助階段を使って降り立つと、そのまま前方右手にある出国窓口に通される。そこでスタンプを押されると、今度はぐるりと反時計回りに通路を辿ってマレーシア側入国窓口へ。何てことはない簡単な手続で、無事、越境することができる。

乗車してきたバタワース行き特急列車はすでに発車してしまったらしく、跡形もない。仕方なく2階に上がり、チケット売り場でバタワースまでの乗車券を購入すると、「発車は1時間半後よ」と、ヒジャブ(ムスリム女性が顔などを覆う布)をまとった美人の駅員がウインクしてくれた。(バンコク駅ではパダン・ブサールまでの切符しか購入できなかった)

繰り返しになるが、駅前の商店街はおろか見所となるスポットさえも何にもない、なーんてことのない田舎町。時間をつぶすには2階にある待合席に座って待つほかはなく、他の乗客と同じようにすっかりと時間を持て余していた。いよいよ船をこぎ始めようかという時、彼が声を掛けてきた。
「ヘイ!セニョール…×▽□??」
はっきりと聞き取れたのが、「セニョール」という単語だけ。他は、何を言っているのか全く分からない。「スペイン人か?」と思って、「どこから来たんだ?」と英語で返したが、彼はただ笑うだけ。理解している様子もない。そこで、「君の名前は何と言うの?」と再び語りかけてみたが、これにも笑顔しか返って来なかった。

「ヨーロッパ人が英単語のnameさえも知らないはずがない」。そう思って、「君は何歳か?」「仕事は何だ?」などと、いろいろと語りかけてみたが、いずれも同じだった。どうやら、本当に英語が全く解せないらしい。そこで思いついたのが、「パスポートあるか?」という問いかけだった。
さすがに「パスポート」だけは通じた。そして、彼が差し出した紺色の冊子を見て2度びっくり。そこに書かれていたのは「REPUBLICA ARGENTINA」という黄金の文字。「アルゼンチン!」。心当たりが誰かいないか考えてみたが、思い浮かんだのは「母を訪ねて三千里」の少年マルコだけだった。
パダン・ブサールの待合室で知り合ったばかりの日本の大学生と思わず顔を見合わせた。「この語学力で、地球の裏側から良く来られたものだ!」。はっきりと言葉は交わさなかったが、思いは同じだった。一方で、俄然、興味が沸いてきた。「どうやって、コミュニケーションを取るのだろう」と。

彼が差し出した地図の書き込みから、どうやら鉄路にてシンガポールを目指していることが分かった。チャンギ国際空港からの出発便を予約しているのか、しきりと今日の日付を指す。だが、現地時間はもう午前10時を回っている。ここからシンガポールまでは800キロ以上はある。順調に鉄道で移動しても到着が明朝になるのは確実だった。
それでも変わらぬ笑顔の彼。南米特有の陽気さなのか、「No,No!」と身振り手振りの我々にも一切気にせず、しきりと握手を求めてきた。「仕方ない。(途中の)バタワーズまで一緒に行ってあげるか」。こうして、得体の知れぬアルゼンチン人との珍道中が始まった。

パスポートから名を「カルロス」ということが分かった。そう言えば、筆者にも日本人だが同じ名を名乗る不思議な友人がいる。「カルロスは、国は違えど、不可解なり(字余り)」。そんな名句(?)を思い浮かべながら旅は続いた。
バタワース行きの快速列車は4両編成。最後尾の車両に我々は陣取った。直ぐ隣には、10人ほどの若い女性ばかりのグループ。タイ人?中国人?そう思っているところへ、小型のカメラを手にしたカルロスが早くも声を掛けた。
笑顔を振りまきながら、しきりと言葉をかけるカルロス。だが、当然のように、会話は全く成立しない。女の子たちも戸惑った様子で我々に助けを求めていたが、旅の開放感からか間もなく身振り手振りでコミュニケーションを取るようになった。
女の子たちはベトナム・ホーチミンのOL仲間。休暇を取っての鉄道旅行だった。行き先は、カルロスと同じシンガポールのチャンギ空港。ただ、それをカルロスに伝えることだけは躊躇った。若干の自制心が働いた。

そうした事情も知らずに、女の子と一緒にカメラに収めてくれと笑顔でせがむカルロス。この次は、写真を送るからメールアドレスを教えろと言うに違いない。察しを付けてそう思ったが、一方ではその逞しさには敬服するばかりだった。さすがに地球の裏側から来ただけのことはある。

4時間ほどしてバタワーズへ。クアラルンプール行きの乗換駅だが、構内の寂れた様子に変わりはなく乗客もまばら。ペナン島を目指す我々とはここでいよいよお別れだ。カルロスはどうするのか。心配になって、駅窓口まで連れて行き、クアラルンプールまでの乗車券を買い求めた。「この切符を持って行けよ。何とかなるから」
この期に及び状況を察したようだ。両手で強く握手をし、抱擁を求めてくるカルロス。背丈は1メートル80センチはあろうかという大男。固く抱き合った後、「ありがとう。またな!」。きっとそう言って、ホームへと消えていった。

思えば6時間にも満たないアルゼンチン人カルロスとの鉄道の旅。国籍と名前だけしか知ることができなかったが、最後まで不思議な高揚感があった。地球の真裏から来た男。今度は、火星あたりで会ってみたいものだ。
海外情報員 Kobori 氏 プロフィール
