マタギキ volume 01 熊本浩志氏(2/7)
1.人生の転機は“ポーラ化粧品”
大学卒業して何をしようかなと思ったときに、たまたま大学の講演で来られたのが、ポーラ化粧品の鈴木社長。今でも全部が脳裏に焼き付いているくらいの衝撃です。
その時イタリアのビジネス構造の話をされたんです。イタリアという国は日本より産業が発達してなくて資源にも乏しいので、実際に形のないデザインというものを国益に変えていったと。カロッツェリアという中小のデザインチームが国を支えていると。
彼はもともとHONDAのエンジニアで。昔HONDAのシティのカブリオレをつくるというプロジェクトがあったんですよ。日本には幌つきの車の文化がないので、フィアットに出向して、そこで初めてイタリアに行って、イタリアの産業を持ち帰るんです。そこでイタリアっていう国が、大きな企業ではなくてデザインやモノ造りをしている中小の企業が国を支えてるという話を講演できいて。
自分が電気屋にうまれながら、家電をつくっている人がいるという感覚と、モノを創るという発想が無かったんです。そこで単純にモノを創る人ってかっこいいなと思いました。
ポーラの鈴木社長の話を聞いて、頭をガーンって殴られた気がして。何だか意味不明の“やべぇ”って放心状態で帰ったんですよ。自分もモノ創りがしたいなと思って、メーカーに行こうと思いました。
大学卒業して何をしようかなと思ったときに、たまたま大学の講演で来られたのが、ポーラ化粧品の鈴木社長。今でも全部が脳裏に焼き付いているくらいの衝撃です。
その時イタリアのビジネス構造の話をされたんです。イタリアという国は日本より産業が発達してなくて資源にも乏しいので、実際に形のないデザインというものを国益に変えていったと。カロッツェリアという中小のデザインチームが国を支えていると。
彼はもともとHONDAのエンジニアで。昔HONDAのシティのカブリオレをつくるというプロジェクトがあったんですよ。日本には幌つきの車の文化がないので、フィアットに出向して、そこで初めてイタリアに行って、イタリアの産業を持ち帰るんです。そこでイタリアっていう国が、大きな企業ではなくてデザインやモノ造りをしている中小の企業が国を支えてるという話を講演できいて。
自分が電気屋にうまれながら、家電をつくっている人がいるという感覚と、モノを創るという発想が無かったんです。そこで単純にモノを創る人ってかっこいいなと思いました。
ポーラの鈴木社長の話を聞いて、頭をガーンって殴られた気がして。何だか意味不明の“やべぇ”って放心状態で帰ったんですよ。自分もモノ創りがしたいなと思って、メーカーに行こうと思いました。
