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Interview Now ~ 宮瀬昇次郎 (筑前流手裏剣宗家) ~(1/2)
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NPO法人「福岡忍者普及協会」の顧問であり、戦国時代の手裏剣術を源流とする筑前流手裏剣宗家の宮瀬昇次郎さんにインタビュー!「忍者にとって手裏剣とは?」「筑前流の手裏剣術とは?」... 忍者と手裏剣についての気になるあれこれを伺いました!
福岡に伝わる手裏剣術を知ってほしい!

ab:忍者の専売特許ともいうべき手裏剣術ですが、実はそうでもなかったんだとか!?
手裏剣術を使っていたのは侍なんです。手裏剣術は、侍の習得技術であった「武芸十八般」の一つです。戦国時代の侍は、剣術や槍術と同じように手裏剣術も習熟していました。当時、手裏剣術の使い手はたくさんいたはずです。一方、忍者は、武芸十八般の分類によると「隠術 (しのびじゅつ) 」の使い手として振り分けられます。私は、手裏剣術も隠術も、剣術や槍術と同じく一つの武術だと考えています。手裏剣術も隠術も日本が平和な世になるにつれ衰退してしまいましたが、現存する手裏剣流派は私が知っている限り今でも全国で20くらいあります。筑前流手裏剣と他の流派の大きな違いは、手裏剣の形にあるんですよ。
ab:手裏剣というと、十字形や星形の手裏剣を思い浮かべますけど…。
多くの方が十字形といった"車手裏剣"などと呼ばれるものをイメージされると思いますが、戦国時代、手裏剣といえば棒状の手裏剣 "棒手裏剣"でした。車手裏剣は棒手裏剣のあとに考案されたと考えられています。棒手裏剣の習得難易度が高いためでしょうね。筑前流で使っているのは棒手裏剣で、剣尾に "房 (ふさ)" が付いているのが特徴です。
手裏剣術を使っていたのは侍なんです。手裏剣術は、侍の習得技術であった「武芸十八般」の一つです。戦国時代の侍は、剣術や槍術と同じように手裏剣術も習熟していました。当時、手裏剣術の使い手はたくさんいたはずです。一方、忍者は、武芸十八般の分類によると「隠術 (しのびじゅつ) 」の使い手として振り分けられます。私は、手裏剣術も隠術も、剣術や槍術と同じく一つの武術だと考えています。手裏剣術も隠術も日本が平和な世になるにつれ衰退してしまいましたが、現存する手裏剣流派は私が知っている限り今でも全国で20くらいあります。筑前流手裏剣と他の流派の大きな違いは、手裏剣の形にあるんですよ。
ab:手裏剣というと、十字形や星形の手裏剣を思い浮かべますけど…。
多くの方が十字形といった"車手裏剣"などと呼ばれるものをイメージされると思いますが、戦国時代、手裏剣といえば棒状の手裏剣 "棒手裏剣"でした。車手裏剣は棒手裏剣のあとに考案されたと考えられています。棒手裏剣の習得難易度が高いためでしょうね。筑前流で使っているのは棒手裏剣で、剣尾に "房 (ふさ)" が付いているのが特徴です。



ab:筑前流はどんな歴史のある流派なのでしょうか。
残っている資料では、1651年の江戸初期には源流の流派があったとされています。その後、根岸流や眞鋭流などを経て、棒手裏剣の普及・継承に力を入れていくために、2018年に筑前流を立ち上げました。現在は道場での稽古のほか、さまざまな場所で体験ワークショップも実施しています。
残っている資料では、1651年の江戸初期には源流の流派があったとされています。その後、根岸流や眞鋭流などを経て、棒手裏剣の普及・継承に力を入れていくために、2018年に筑前流を立ち上げました。現在は道場での稽古のほか、さまざまな場所で体験ワークショップも実施しています。
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