マタギキ 麻生 渡氏(10/14)
9.福岡の何をブランドにしようと取り組んできたか-2
なぜ、アジアンビートという若者文化の拠点を作ろうと考えたかというと、人気ミュージシャンの「GLAY」が北九州の門司に来た時に、10万人の観客が門司に押し寄せました。音の問題や交通インフラの問題など大変な出来事でした。それから彼らは中国でもコンサートを行い大変な人気を博しました。彼らの行動を見ていた時に、これからの日本・中国・韓国などを含めた東アジア圏の中で、日本のコンテンツである「POPミュージック」が共通の言語=コミュニケーションになり得ることを感じました。別の見方をすれば、すでに東アジア圏では独自の若者文化が醸成しつつあるのだと思いました。アジアの若者文化を作らなければならないという使命感を得たのです。
これは非常に大事なことであり、なにより面白いことであります。この波は音楽だけではなく、マンガやアニメ、ファッション、食に至るまで様々なコンテンツへの広がりを見せていきます。だからこそ、これらのコンテンツを我々福岡から広くアジアに広げていくことが、県の取り組みとして有効であり、絶対に必要であると考えました。
これは非常に大事なことであり、なにより面白いことであります。この波は音楽だけではなく、マンガやアニメ、ファッション、食に至るまで様々なコンテンツへの広がりを見せていきます。だからこそ、これらのコンテンツを我々福岡から広くアジアに広げていくことが、県の取り組みとして有効であり、絶対に必要であると考えました。
