マタギキ 麻生 渡氏(5/14)
4.京都の青春時代
大学は京都大学に行きました。1959年に入学しました。学生運動「安保闘争」の真っただ中です。私が入った時代は「第一次安保闘争」と言われた時でした。入った途端に学校の中が騒然としていました。さまざまな討論会は会派が跋扈していて、統一スローガンである「安保反対」の旗印の下、多くの学生が活動していました。当時の安全保障条約は独立国家同士のものとしては非常に片務的なものでした。例えば、日本が攻められた時は、アメリカが一方的に日本を助ける。日本はアメリカを助けるという義務は無いといった、非常にバランスの悪いものでした。日米間の国家条約をより平等なものに変えようとする、今から思えば、至極当たり前のことを訴えかけていました。
この運動は、始めは小さな学生運動でした。時を経て次第に拡大していき、労働組合などのほかの団体を巻き込んで東京で大デモンストレーションを繰り広げるまでになりました。我々は京都にいましたから、代表を東京に送り込むために、皆でなけなしのお金を出し合ってカンパをしていました。今と同じように安保反対のための募金運動なども駅前でやっていましたね。よく社会人の方々には「そんな事やっとる暇があれば、勉強してろ!!」など怒られていました。
この運動は、始めは小さな学生運動でした。時を経て次第に拡大していき、労働組合などのほかの団体を巻き込んで東京で大デモンストレーションを繰り広げるまでになりました。我々は京都にいましたから、代表を東京に送り込むために、皆でなけなしのお金を出し合ってカンパをしていました。今と同じように安保反対のための募金運動なども駅前でやっていましたね。よく社会人の方々には「そんな事やっとる暇があれば、勉強してろ!!」など怒られていました。

今から見れば、ものすごく「熱い時代」でした。激しくデモをして自分たちの意思を表現することをやっていました。ですから、最近の大学生をみると大人しく見えて、ちょっと寂しい気もします。
あと、学生運動に従事していた時代に、対立者の説得の仕方、周りの巻き込み方、人を動かす方法など、組織を動かすものとしてのベースを学んだと思います。
あと、学生運動に従事していた時代に、対立者の説得の仕方、周りの巻き込み方、人を動かす方法など、組織を動かすものとしてのベースを学んだと思います。