マタギギ 大﨑洋 氏(3/13)
2.アホな子でした

大阪の堺市で生まれました。母は幼稚園の先生をしていました。とにかく働き者で、朝の6時前から働きに出て、幼稚園が終わるとオルガンの家庭教師をやっていました。だから家に帰ってくるのが毎日深夜でしたね。すごく寂しい思いをしていました。だから、当時は絵を描くと真っ赤に塗りつぶしたりして、結構「ヤバい子」でしたよ(笑)。今も割とそうなんですど、たまにぼーっとしていて、どの写真をみても口が半開きで写っていました(笑)。
小学生の時、大阪一斉の知能テストがありました。子供心に「知能ってなんだろう。こんなテストで人を計るなんて馬鹿馬鹿しい」と感じていたので、半分斜に構えてふざけていたんですね。なぜか、もともと知能は高い方だと思う(笑)ので、人より早くできてしまって… あまりに暇だったのでつい口から「やめー」って声に出してしまったんですよ。結果、大阪で唯一、僕のクラスだけテストができなかったんです。無茶苦茶ですよね(笑)。
小学生の時、大阪一斉の知能テストがありました。子供心に「知能ってなんだろう。こんなテストで人を計るなんて馬鹿馬鹿しい」と感じていたので、半分斜に構えてふざけていたんですね。なぜか、もともと知能は高い方だと思う(笑)ので、人より早くできてしまって… あまりに暇だったのでつい口から「やめー」って声に出してしまったんですよ。結果、大阪で唯一、僕のクラスだけテストができなかったんです。無茶苦茶ですよね(笑)。
とにかく、人と比べられるのが嫌でしたから、勉強なんてしませんでした(笑)。テストなんかもまともに受けてないです。だから成績も悪いわけですよ。先生から呼び出されて「君は、こんなに人に負けて悔しくないのか!」と言われていました。
中学時代は全てのテストでズルばかりしていました。本当ですよ(笑)。もちろんズルしているので成績も低い方でした。進路相談会で母親と一緒に高校進学の話をしますよね。担任の先生に「成績が下の下なので進学できる高校がありません」と言い切られました。僕にとっては当然のことだったのですが、母親にとってはかなりショックだったようで、先生に食い下がるわけです。それでも先生から出てきた言葉は「色々と探すのですが、正直、無いんですよ」。母は涙が止まらずに、人目を避けて裏門から出ていったという思い出があります(笑)。
中学時代は全てのテストでズルばかりしていました。本当ですよ(笑)。もちろんズルしているので成績も低い方でした。進路相談会で母親と一緒に高校進学の話をしますよね。担任の先生に「成績が下の下なので進学できる高校がありません」と言い切られました。僕にとっては当然のことだったのですが、母親にとってはかなりショックだったようで、先生に食い下がるわけです。それでも先生から出てきた言葉は「色々と探すのですが、正直、無いんですよ」。母は涙が止まらずに、人目を避けて裏門から出ていったという思い出があります(笑)。