マタギギ 大﨑洋 氏(9/13)
8.心斎橋筋2丁目劇場への思い

NSCを卒業したダウンタウンが京都花月の劇場に立ったのですが、すぐにお客と喧嘩したり、ブーイングを受けて舞台から降りたりするんです。もちろん、先輩芸人たちにも怒られますよね。僕は彼らのことを面白いと思っていましたから「彼らが立てる舞台を創れば、彼らと同じ世代のお客様を楽しませることが出来るのではないのか。共通の体験を共有できるのではないか」と考えて心斎橋筋2丁目劇場を立ち上げました。ですから、この劇場は、彼らの不満を怒るのではなく、聞くことで見えた、彼らが望むお客様との空気感を共有できる場所を作ることが出来た場所なんです。
大きな劇場だと、リアクションも体全体を使って大きく表現しないと伝わりません。これが小さなハコであれば、普段の表情で自然に表現することが出来ます。それはつまり、テレビと同じ空気感を出せるわけです。当時は小さな劇場から巣立って大きな劇場で演じることが一般的な流れでしたが、僕は違うと考えていました。テレビとラジオのメディア特性が違うように、劇場も「大きい・小さい」ということではなく「違い・特性」です。だから芸人たちもそのメディアの特性に合ったやり方をしないとダメだと考えていました。テレビっ子であるダウンタウンの2人が同じ空気を吸える、彼らが喜ぶ場所、テレビに一番近いイベント劇場を作ろうと思ったのが心斎橋筋2丁目劇場でしたね。
僕のやってきたことは、色々なことをやりながらメディアの特性を実験してきたことです。もちろん劇場もメディアですが、交流や繋がりを持つ、情報を発信するという観点で見れば八百屋や銭湯もメディアだと思います。それぞれの良いところ=武器があると思うんですよ。それを考えて使うことはとても楽しいことだと思います。
あと、僕にとっては「大﨑がやるんだったら仕方がないな」というような、好きなことをやれるポジションを狙って作った場所が心斎橋筋2丁目劇場の事業でした。だから本当に好き勝手やっていましたね(笑)。2丁目劇場は普通の縦割り組織ではなく、今やりたいことを勢いそのままに形にする。みんなで1つのことにのめり込める柔軟性のあるチームを作ったつもりです。