マタギキ 米原 康正氏(4/15)
3.流行の最先端はいつもヤンキー

出身は熊本県の宇土市です。人口35,000人ぐらいの街です。東京出身の奥さんと娘を連れて実家に帰ると「真っ暗で怖い」って言われます。夜、車で走っていると雨が降っていないのにワイパーが必要なんですよ……、それぐらい虫がひどくて(笑)。
僕らの街は最先端はいつも「ヤンキー」でした。これは僕がヤンキーだったというワケじゃないです。僕はロックが好きで、当時グラムロックファッションをイメージして細いパンツとエナメルのベルトをしていました。するとヤンキーの先輩に声をかけられて「お前カッコいいベルトしとるやん」って強制的に交換させられてましたね(笑)。バンドを組むと応援団の怖い先輩が無理やりボーカルをやりにきたりと、自分ではヤンキーのつもりではなく「カッコいい、オシャレ」なイメージで色々やっていたんですが、ヤンキーの方々の文化と被ることがほとんどでした。僕らの地元もそうですが、田舎のヤンキーは学生服にしても、独自の入手ルートを持っていたりとかなり最先端を行っている人たちが多いんですよね。かなり困った青春時代でしたよ(笑)。
高校時代の友人に「たきざわひろし」さんがいます。彼は熊本でも一番の「ガラの悪い高校」に通っていました。僕らの時代には各高校の面白いヤツが集まって「熊本県の高校生を考える」というイベントがありました。僕は進んでこの手の集まりに参加し、その時に彼と出会うことができました。よく二人で「ラブレターフロムカナダ」をモノマネで歌っていました。その後、彼は上京して「コロッケ」と名前を変えて、現在活躍されています。とにかく悪い高校でしたから、中途半端な面白さだとボコボコにされますから、彼は当時から突き抜けて面白かったですね。