マタギキ 米原 康正氏(6/15)
5.とにかく「モテたかった」大学時代

そんなこんなで何とか東京の大学に入学することができました。大学は学習院大学に通いました。僕が浪人したんで、一つ下の学年になりますが今の皇太子(浩宮様)と一緒の年齢です。彼はカレーライスがお好きで、よく学食で食べられていましたよ。当時は状況をよく理解していなかったので、お友達になれるかなと思って近づいたら、SPの方に囲まれちゃいました(笑)。
熊本にいる時は、東京は全て「パンク&ニューウェーブ」の人たちばかりだと思っていました。少年特有の小さな情報で全てを考えていたんです(笑)。今もそうですが、僕の人生の目標は「モテる」ということが大前提ですから、ニューウェーブは絶対モテると思っていたんです。家出している時ももちろんニューウェーブの人たちばかりと付き合っていました。ところが大学に入ったら全くモテないんです。不思議に思って女の子に聞いてみたら「サーファーじゃないからでしょ」って言われたワケです。言われて初めて、冷静に世の中を観察してみると、ニューウェーブなんてともて小さなコミュニティでした。
熊本にいる時は、東京は全て「パンク&ニューウェーブ」の人たちばかりだと思っていました。少年特有の小さな情報で全てを考えていたんです(笑)。今もそうですが、僕の人生の目標は「モテる」ということが大前提ですから、ニューウェーブは絶対モテると思っていたんです。家出している時ももちろんニューウェーブの人たちばかりと付き合っていました。ところが大学に入ったら全くモテないんです。不思議に思って女の子に聞いてみたら「サーファーじゃないからでしょ」って言われたワケです。言われて初めて、冷静に世の中を観察してみると、ニューウェーブなんてともて小さなコミュニティでした。
モテるということに関しては自主性よりも客観性を重視するタイプで、変わり身は早い方ですから、すぐにサーファーに転向しました。時期的に学生企業がパーティーを開いてパー券を売りさばいていた時代でしたから、即効でサーファーでパーティー野郎に変身しましたね。もちろんモテ方はニューウェーブの比じゃなかったですね(笑)。