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[ ICON vol.52 ] 増田セバスチャン ~HARAJUKU KAWAIIカルチャーの伝道師~(1/4)

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6%DOKIDOKI

 原宿発のファッションブランド「6%DOKIDOKI」プロデューサーにして、きゃりーぱみゅぱみゅのPV、ライブの美術演出を手掛けるアートディレクター、増田セバスチャン。90年代に一世を風靡した奇抜でカラフルなファッションブームの生みの親であり、そして世界中に狂気と衝撃を与えているきゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」のミュージックビデオの世界観に代表される現在進行形HARAJUKU KAWAIIカルチャーの伝道師にして陰の立役者である。
 今まさに動いている原宿カルチャーがなぜ急速に世界に広まっているのか。そして彼はどんな方法論を以てそれを体現しているのか。今回は自身のブランド6%DOKIDOKI立ち上げの経緯から、活躍の舞台を世界に広げた近年の思想と活動について訊いてみた。

長く続く展覧会をやってる感覚で始めたのが、6%DOKIDOKIなんです。

――ご自身のブランド「6%DOKIDOKI」が立ち上がる経緯について教えて下さい。

増田セバスチャン(以下 増田):自分の中で6%DOKIDOKIではファッションをやっているつもりはなく、どちらかと言うとファッションの人達に巻き込まれる形でキャリアがスタートしました。18歳の頃、地元千葉県の松戸での高校時代はヤンチャなグループにいて、このままだと自分は将来パチプロかマルチ商法の仕事しかないなと思って(笑)、大阪に出て来たんです。でもお金もないし、友達もできないし、そこで悶々としていて。そんな時に図書館で出会ったのが、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』という本。当時内容はあまり分からなかったんですが、とにかくこうしている場合じゃない、行動を起こさないと自分は何も変わらないと思って、意を決して東京に帰るんです。この一冊に出会ってから、今後どんな困難なことがあっても前を向いて行こうって思えたし、寺山修司に影響されて、美術や演劇に興味を持ち始めました。

――そこから、この世界に入って行くのですね。
6%DOKIDOKI
増田:当時僕がアートにはコンセプトやメッセージが大事で、ただ造形の可愛いさやカッコ良さだけでは美術は成立しないってことを学びました。90年代初頭って、コム・デ・ギャルソンからの流れでモノトーンな白や黒、鉄やデジタルがカッコ良いとされている時代で。もちろんそれも良いんだけど、僕は自分のリアリティを感じるものとしてカラフルな世界観を以て作品を発表してたんだけど、色んなギャラリストや演劇雑誌でけちょんけちょんに言われまして(笑)。自分の世界観を信じてはいたけど、22~23歳くらいの自分は経験も言葉もないから反論できなかった。じゃあ、どうやって皆にリアルな評価をしてもらうかを考えた時に、買うか買わないで評価される“ショップ”が分かりやすいんじゃないかって思ったんです。長く続く展覧会をやってる感覚で始めたのが、6%DOKIDOKIなんです。アートじゃない、作品じゃないってさんざん言われて、自分の存在場所を考えた時に、原宿しかないって思って。当然お金はなかったので、裏通りのマンションの一室を借りてお店と言い張りました。後にその辺りは“裏原(裏原宿)”って呼ばれるようになったんです。

ソフィア・コッポラが絶賛してくれたのをキッカケに、入場制限がかかるほど人気になりました。

6%DOKIDOKI
●オープン当初の「6%DOKIDOKI」店内の様子
――6%DOKIDOKIの名前の由来は?

増田:6%くらいの、ちょっとだけドキドキするモノが売っているお店。6とDOKIDOKIが丸が多くて可愛いので、ロゴから考えたんです。言葉はヴィジュアルとリズムだと思っているので、それで決めました。ブティックにありがちな洋風な名前には違和感があったし、“ドキドキ”って日本にしかない言葉だし。最初は雑貨中心だったんですが、そのうちにお客さんがうちののれんを頭に巻いたり、おもちゃを指輪にしたりって感じでファッションに取り入れ始めたんです。

――どうして同じような人達が集まってきたんですか?

増田:当時はSNSを始めとしたインターネットがなかったので、皆は集まる場所が必要だったんですよね。その一つがホコ天(歩行者天国)で、毎週日曜日にホコ天のために集まって、色んなファッションを楽しんでたんです。
その中でいかに差別化できるかという部分で、6%DOKIDOKIの雑貨をファッションに取り入れる人が多かったです。昔は男の子の方が多かったですよ。最近お仕事でお世話になったPVの監督さんや、中田ヤスタカさんも昔6%DOKIDOKIに通ってくれてたそうです。

――ソフィア・コッポラが来店したと聞きましたが?

増田:95年のオープン当初は商品を仕入れるお金もなかったし、24時間テレビのTシャツを色や年代別とかで売ってたり、ヘンテコなことをよくやってて。雑誌の取材が入るようになって、その時に編集者の人が連れて来てくれたのがソフィア・コッポラで。「このお店はクレイジーだ! 世界のどこを探してもこんなお店はない。ザ・トーキョーだ」って絶賛してくれたのをキッカケに、いっきに店の名前が広まっていきましたね。小さいお店だったので、入場制限がかかるほど人気になりました。それが96~97年くらいです。

――それが最初のブレイクポイントですね。

増田:そうですね。それまでは、お店で扱っているモノを身に着けてる人が多かったんですが、その辺りから「こういうのがあったら着たいんだけどなぁ」とか言ってくれる人も出始めて。そこからオリジナルTシャツを作ってみたり、ホコ天のインディーズ・ブランドの中で面白いと思った人たちの商品を扱うようになって、だんだんインディーズ・セレクトショップみたいになって行きました。例えば当時”シャア専用”って書かれたTシャツを扱ってたんだけど、それを着てテクノ系のクラブに行くっていうのが流行ったりもしましたね。

⇒世界に羽ばたいた6%DOKIDOKIと、それがもたらす反響とは?
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