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第41回 水島精二(監督)×上坂すみれ(声優)スペシャル対談(後編)~「アフレコは、毎回、緊張の5時間です!」(3/3)
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上坂とはこれまでにカタールのドーハ、ロシアのモスクワ、サンクトペテルブルクで文化外交活動を行なった。水島監督とも、中国・厦門の「厦門国際動漫祭」に参加したことがある。いまは水島監督も「コンクリート・レボルティオ」制作の佳境で海外に出向く時間がまったくないが、いずれ3人で海外のどこかの街で文化外交活動ができたらいいなと思っている。
「コンクリート・レボルティオ」のこれからの展開に、世界のみなさんも注目いただきたい。
お知らせ
櫻井孝昌氏のご逝去にともない、連載「ポップカルチャー見聞録~世界が愛する日本を追いかけて~」は、今回をもって終了いたします。
対談された水島精二監督、上坂すみれさん、ならびにご遺族のご意向も受け、追悼の意を込めて公開準備が整っていた第40回・41回の両記事を掲載する運びとなりました。
長年のご愛読、誠にありがとうございました。
対談された水島精二監督、上坂すみれさん、ならびにご遺族のご意向も受け、追悼の意を込めて公開準備が整っていた第40回・41回の両記事を掲載する運びとなりました。
長年のご愛読、誠にありがとうございました。
水島精二さん 追悼メッセージ
彼と知り合ったのは、もう10年以上前だ。その頃彼はデジハリ大学の人で、僕の作品が好きで、生徒と何かしてほしいと持ちかけられ、生徒と作品を作った。だけどその途中で彼は体を壊し離職。音信不通となった。特別仲がいいわけでもないのに、残念だな、と思った。それから数年後、思わぬ場所で彼と再会した。℃-uteのライブ後、楽屋裏だった。以前より痩せていたものの元気で、彼はこの日がハロプロ初体験だったそうだ。この日から、ハロプロのこと、仕事のことでなんとなく繋がる友人になった。とにかく人を繋ぐのが好きで、彼を通じて知り合った人も数多い。上坂すみれもその1人だ。文化外交に力を入れていた近年は、海外のコンベンションの話も良くしたし、紹介の約束もしていた。これから何か一緒にできるかな?そう思った矢先、彼は逝ってしまった。残念で仕方がない。けれど、彼がやり残した事で、自分でやれそうな事はやっていこうと思う。そう思っている人は多いと思う。種は、多くの仲間に蒔かれていたんだ。櫻井孝昌氏のご冥福をお祈りします。


上坂すみれさん 追悼メッセージ
櫻井さんは、世界と日本をつなぐポップカルチャーの力を誰よりも信じた人です。アニメや漫画、アニソンにアイドルにロリータにコスプレ…世界各国さまざまな国で、日本のポップカルチャーを愛してやまない、日本を待っているオタクがいるんだ!というメッセージがアジアンビートの連載には沢山詰まっています。皆さんにも、ぜひその想いを受け取って頂きたいです。
私が声優デビューする前の2010年に櫻井さんに出会ってから、お互い数え切れないほど夢を語り、何度も励まされました。そして目標だったアニメでの主演やロリータブランドのお茶会への参加、そしてロシアでの文化外交も実現させることができました。たくさん取材もしていただきました。感謝はしてもしきれません。
心細くはありますが、これからも櫻井さんからもらった道標を無くさず、 自分のやりたいこと、やるべきことを果たせるよう精一杯頑張ります。
櫻井さん、ありがとうございました。

私が声優デビューする前の2010年に櫻井さんに出会ってから、お互い数え切れないほど夢を語り、何度も励まされました。そして目標だったアニメでの主演やロリータブランドのお茶会への参加、そしてロシアでの文化外交も実現させることができました。たくさん取材もしていただきました。感謝はしてもしきれません。
心細くはありますが、これからも櫻井さんからもらった道標を無くさず、 自分のやりたいこと、やるべきことを果たせるよう精一杯頑張ります。
櫻井さん、ありがとうございました。

執筆者:櫻井孝昌氏プロフィール

Twitter: http://twitter.com/sakuraitakamasa/
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